一人の英断が国の歴史を変えたり、

危機一髪で国を守ったりすることがあるんですよね。

 

学校で教える歴史では、

前回書いたようにGHQ(アメリカの左派)が日本の占領政策で、

日本の歴史を否定し、

大事な歴史的事実や天皇など日本の真髄を教えないことで

日本の弱化を図るような内容になっています。

 

いつも文明は西から伝わってきたような印象付けがあり、

全くと言ってもいいほど過去の先人の叡智が伝わらない教科書ですが・・・。

 

誰でも知っているキーワードで日本の歴史を振り返っていこうと思います。

 

シルクロード

これはその時代、西洋が日本に憧憬を募らせ、

モンゴルが支配していた地帯を通って、

13〜14世紀ごろ西洋と東洋を結んだのでした

シルクロードの終着点は奈良でした。

 

西洋との関わりの先駆けはマルコ・ポーロの「東方見聞録」で

日本は黄金の国としてヨーロッパの人に強く意識されるようになったのです。

 

西洋の国々は、大航海時代とも重なって、発見した土地を征服し、

植民地化して行く時代にありました。

その先陣役がキリスト教の宣教師たちで、

スペインやポルトガルが進出をした南米や東南アジア地域の様相を見れば明らか。

 

日本にもポルトガル人が来て、1549年フランシスコ・ザビエル来日というように

その波が来ていました。

 

ザビエルの帰国と共に日本も西洋に渡りました。

いくつか使節団がヨーロッパに向かいますが、

それは宣教師による布教成功をローマ教会に知らしめる意味合いが多く、

ヨーロッパと渡り交わった最初となれば、「支倉常長(ハセクラツネナガ)」、

1620年に帰国した慶長遣欧使節団です。

 

慶長遣欧使節団は謎が多いそうですが、

徳川家康の許可なしに造船できなかった時代で

徳川家康の後ろ盾があって多様な目的があって渡ったと見られます。

(色々説明割愛しています・・・ザックリすぎてすみません!)

 

一般的に現在の歴史家には過小評価されていますが、

東北大学の田中英道教授は鋭いメスを入れています。

支倉常長が江戸幕府に情報をもたらしたおかげで、

欧米列強から国土や国民の生活を守るべく世界とは隔絶する鎖国をしつつも、

オランダとは交易を開くバランスのとれた体制がとれたのです。

 

なぜオランダか。

オランダはプロテスタントの国で、

宣教師をまず侵入させ、侵略、征服、収奪するキリシタン(カトリック)勢力との違いを

幕府が的確に見抜いていたのです。徳川幕府の賢明な大西洋政策でした。

 

ヨーロッパのあまりにも残虐な植民地時代を考えるとゾッとします!!

(リンク、すぐ見つかったもので貼りましたが、調べてみてね!)

 

彼のおかげで日本は日本のまま、独自の発展を遂げて今があるのですね。

その後にも色々な偉人の英断が幾重にも重なっていますが。

 

 

すごくザックリでしたが、

詳細は「世界史の中の日本 本当は何がすごいのか」田中英道著 をごらんください。